バブル崩壊後の90年代から、日本人の・・・
バブル崩壊後の90年代から、日本人の仕事は大きく変り続けている
終身雇用制度が崩壊し、成果主義の導入が行なわれ、長時間労働と過労死や鬱の問題が社会化し、格差社会とワーキングプアが社会問題として扱われるようになった
その中でも、もっとも関心を集めているのが、労働者の3分の1を占める非正規雇用だろう
とりわけ派遣労働、いわゆる「ハケン」には、正社員との格差や雇用の流動化で、これからの社会がどこに向かっていくのかを探るヒントが多くあるとする人が多い
派遣会社の紹介により、企業で働くことの不満で、「責任ある仕事を任せてもらえない」という声は多いようである
「一緒に働く仲間として正社員の人たちに認めてもられない
まるでモノ扱い」 「負け組みの象徴」 しかし、不満を抱く一方で、ハケンの人々は正社員になること対しても疑問の目を向けている
「管理職になるより専門性を活かした仕事を続けたい」 「過労死するまで会社一辺倒の暮らしはイヤだ」 今、ハケンのままでは将来に希望を持てないと言われている
「ローンが組めないなど社会的に信用されない」 「結婚や出産に二の足を踏んでしまう」 ハケンという生き方に人生を託す人々に、どういう社会であれば自分らしい生活を送れるのだろうか
専門性を活かしたハケン労働とそれを有効に活かす社会とはどのようなものか
こうした未来は可能なのか
このような問題やハケンに対する疑念が生じるのは、基本的には、日本社会が血縁社会や契約社会ではないことでしょう
アメリカや中国ではハケンの問題は、今までも、そしてこれからも生じない
理由は簡単で、アメリカ社会は「契約」と「血縁」が厳密に区別され、中国社会は「忠(契約)」と「孝(血縁)」が厳密に区別されている
しかし、日本は「忠孝一致は国の基」であり、契約と血縁の区別がなく、従って、擬制血縁社会であり、その社会構造に対応した精神構造の上に成立している企業も、また、擬制血縁集団とならざるを得ない
このため、契約という概念は成立しにくく、それが、ハケンの立場を不利なものにしているのだ現状である
そのため、ハケンの問題とは擬制血縁社会を肯定するか否定するか、すなわち「忠孝一致は国の基」という思想からの回心ないしは思想的転換の問題である
「忠孝一致は国の基」という思想の問題解決に当たらなければ、要するに、ハケンの問題に関して「何もしません」とするのと同じことである